大学生の頃のインフラ

水分が足りていないパソコンサポートなかざわですみなさんこんばんは。

すでにWindows95は発売されていたものの、携帯電話はようやく一般に普及してきた…かな?といった状況でした。なにしろ基本料が高かった。普通に維持費が月一万円かかりましたので学生が持つにはちょっぴり高価だったわけです。
ちょっと遅れてデビューしたphsが維持費半分くらいだったので私はそちらでやりすごしました。
とはいえ、phsはエリアがものすごくせまく、大学のキャンバスがあった場所では全然といっていいレベルで通じませんでした。
たまたまインフラに力を入れている大学だったので、翌年にアンテナ立てまくった結果よく通じるようになったのですが。
と書いていて、そういえばもうphsないじゃん…という事実に改めて気がついてしまう私。
元々は子機の延長上に公衆回線を乗せただけだからエリアが狭いのは当たり前だったんですが、それを各家庭をハブにしてエリアを広くする、みたいな壮大な構想だった記憶があります。
世のコンピューターの進化にともなって基地局一発あたりでカバーできるエリアが広がったこと、そして基地局あたりの単価が下がったことでPHSの構想も廃れていくことになっていきました。
そういえばイリジウム電話なんて衛星をつかった電話機なんてのも一瞬いけるか?とおもったのですが、こちらは逆に基本料が高すぎること、そして費用対効果、この場合はカバー範囲的なアドバンテージが得られなくて市民権を得られませんでした。狭すぎても広すぎてもだめとはなんともむずかしい案配です。

当店営業日は以下の通りとなります。

火曜日~金曜日 9:00-18:00
土曜日     13:00-18:00
日・祝・月曜日は定休日とさせていただきます。

高校生の頃のインフラ

集中力欠如著しきパソコンサポートなかざわですみなさんこんばんは。

当初は「高校生の頃にインターネットがあったらば」という書き出しでしたが、
際限なくかけてしまうため、没に。
あったことだけつらつら書いて、そこにどう工夫を盛れたかを考えるほうが面白そうだと思いタイトルを変更しました。

まず電話。
携帯電話はありませんでした。
正確にはあったのですが、一般普及はしておらず、
ショルダーバッグに送受信モジュールが入った巨大なものがありました。
というわけで電話をするときは家の電話もしくは公衆電話です。
そろそろ各家庭にも「子機」という発想が出始めた時期でもありました。
それまではどんなに広い家だろうが、電話は1台のみ。
通話するなら電話の場所まで移動するのが当たり前の時代があったのです。
子機が出たのと同時にコードレスも一般化していった気がします。
とはいえ出始めのコードレスは電池の持ちは悪いし、そもそも高価でしたので、
携帯電話の普及および低価格化の波とともにコードレス子機の値段も下がっていきました。

次はワープロ。
パソコンはまだ高価でしたので、10万円かそれ以下で購入できるワープロが普及していました。
今考えたらワードプロセッサはプリンタがついてるワークステーションだから現代でこそ需要あるはずなんですが…なかなかそうはなってくれませんね。
ポメラとかが売れたのってそっちの需要だったはずなんですが。
そして当店のお客様にも圧倒的に需要があるのはそっちです。
簡単スマホがあるんだから簡単パソコンがあってしかるべきだと思うんですがどうなんでしょう、私はいやなんですが。
後にワープロにもいろいろ搭載されて、私が一番最後に触ったものはマウスで操作が可能、モデムも搭載してインターネットができるという、
パソコンじみた機能が実装されていました。それが売りになったかというとそんなことは全然なかったのですが。マーケティングってのはいつの時代も難しいですね。

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